「オープンバッジ=大学の公式資格」——そんな常識を覆す試みが始まっています。地域のNPO活動や防災訓練への参加といった、これまで証明が難しかった小さな学びや貢献を可視化する「ローステイク・バッジ」。その概念実証に取り組む愛媛大学マイクロクレデンシャル研究グループの富田英司教授に、導入の背景と今後の構想を聞きました。
※「ローステイク・バッジ」とは、富田英司教授(愛媛大学)が提唱する概念で、公式資格の証明ではなく、地域活動・ボランティア・草の根の学びなど日常の小さな経験を、オープンバッジを通じてデジタルに記録・証明するための仕組みを指します。
※ オープンバッジとは、1EdTech(旧IMS Global)が策定した国際標準規格に基づき、学習・資格・活動実績をデジタルで発行・検証できる認証の仕組みです。大学・企業・NPOなどあらゆる組織が発行者となれ、受け取った個人はウォレットに蓄積してポートフォリオとして活用できます。
今回オープンバッジを導入された「愛媛大学マイクロクレデンシャル研究グループ」とはどのような組織ですか?また、富田先生ご自身の専門についても教えてください。
富田先生:愛媛大学マイクロクレデンシャル研究グループというのは、大学内にある任意のグループです。科研費の研究費を使って、マイクロクレデンシャルに関する研究・開発を進めているグループで、研究仲間である河村泰之先生と一緒に運営しています。
愛媛大学全体としても公式のオープンバッジ発行は年々拡大していますが、それとは別に、研究グループとして自分たちで自由に試せる環境を作りたいという思いがありました。大学全体の動きはどうしてもたくさんの会議体を経ないと動けませんから、研究として素早くやってみたいことをやれる場として、このグループでオープンバッジファクトリーを導入しました。
私自身の専門は教育心理学で、概念型の探究学習や、青少年が主体となって地域の課題に取り組むアクション・リサーチに長年取り組んでいます。大学院の地域レジリエンス学環という、文系・理系・医学部も含めたすべての部局をまたいだ学環でも教務を担当していて、統計やリサーチメソッドなども教えています。
今回の取り組みの規模や内容を教えていただけますか。
富田先生:今のところ複数のプロジェクトが走っていますが、実際に発行まで完了したの は、2026年3月21日(土)に香川大学教育学部と愛媛大学教育学部の合同で開催した「高校生のための学校で役立つ教育心理学」というセミナーへの参加証バッジです。
高校生や保護者の方、一部教員の方も含めて69名の方にご参加いただき、そのうち53名に発行し、32名がバッジを受領しました。今回はあえて手動で発行してみました。自動発行もできたのですが、手動の場合どのような流れになるのか、まず一通り体験してみたかったということもあります。
高校生のための学校で役立つ教育心理学 参加証
発行主体:愛媛大学マイクロクレデンシャル研究グループ
香川大学・愛媛大学教育学部合同企画
2026年3月21日(土)|香川大学教育学部412講義室
参加者数 69名
バッジ発行数 53名
バッジ受領数 32名
研究グループとしてオープンバッジを導入しようと考えた背景や目的を教えてください。
富田先生:マイクロクレデンシャルの研究を進めていく上で、その成果をオープンバッジで発行するのは自然な流れだと思っていました。しかし、実際にやってみないと具体的なイメージが作れない。そのため、まず自分たちで実際に発行権限を購入して動かしてみようということで、導入を決めました。
もう一つ大きな背景があって、私はずっと「ローステイク・バッジ」の可能性に興味を持っていました。大学が厳格なプロセスを経て発行する公式のバッジ——いわゆる「ハイステイク・バッジ」——とは別に、地域のNPO活動に参加した、防災訓練に出た、フードパントリーの仕分けを手伝ったといった、小さな活動や経験も、ちゃんと可視化できるはずだという考えです。
そういった「見えにくい学びや貢献」を証明するツールとして、オープンバッジはすごく生きてくる。まずはそれを概念実証してみたかったというのが、今回の導入の出発点です。
数あるオープンバッジ発行システムの中から、オープンバッジファクトリーを選んだ決め手を教えてください。
富田先生:正直に言うと、たくさんのシステムを比較検討したわけではないのですが、日本経済大学の荒木貴之先生から紹介していただいたのがきっかけで、担当の方がすぐにZoomで相談に乗ってくださって、前向きにいろいろ検討していただける印象があった。それで採用しました。
機能面では、APIに対応していることが絶対条件でした。私たちの最終的な目標は「自動発行システムを作ること」なので、APIが使えないと話にならない。あとはウェブの発行ツールが充実していること、これも重要でした。
コストについては、最初のパッケージは比較的手頃だったのですが、APIを使おうとするとプロライセンスが必要だったので、思っていたより費用はかかりました。研究費がある間はいいのですが、研究費がなくなった後の継続性をどう考えるかは課題です。できれば、発行数は少なくていいのでAPIだけ使いたいという研究者向けのパッケージがあると、もっと裾野が広がるんじゃないかなとも思います。
今回発行したバッジの内容について教えてください。また、今後どのようなバッジを発行していく予定ですか?
富田先生:今回は「参加証」です。セミナーに参加したことの証明という、もっともシンプルな形から始めました。
ただ、今後発行していきたいのは、もっと多様な形のローステイク・バッジです。私が提唱している「12象限マトリクス」という考え方があって、地域での学びや活動を「空間(現地 vs 遠隔)」「時間(同期 vs 非同期)」「対象(自分 vs 他者 vs モノ)」の3軸で分類すると、12種類の活動タイプが生まれます。
たとえば「現地・同期・他者」なら防災訓練での交流や地域のハッカソン参加、「遠隔・非同期・モノ」ならハザードマップへの危険箇所報告、といった具合です。どんな地域活動にも対応できるバッジの体系を作っていきたいと思っています。
| 対象 ╲ 空間・時間 | ① 現地・同期 (場所・時間依存) |
② 現地・非同期 (場所依存のみ) |
③ 遠隔・同期 (時間依存のみ |
④ 遠隔・非同期 (場所・時間非依存) |
| 自分 | 対面ワークショップでの受講・内省 例:学会参加証 |
史跡の説明板の読了、自己探索 例:文化財探訪 |
オンライン防災セミナーのリアルタイム視聴 例:防災ウェビナー |
Web記事の読了、防災動画の視聴完了 例:セルフ学習 |
| 他者 | 防災訓練での交流、ハッカソン 例:地域活動参加 |
交流ノートへの書き込み、非同期の対話 例:非同期交流 |
オンラインワークショップでの議論 例:学習グループ |
SNSでのイベント情報拡散、掲示板回答 例:オンライン貢献 |
| モノ | 地域の海岸一斉清掃への参加 例:環境活動 |
避難所・名所のスタンプラリー完了 例:地域探訪 |
データソンでの同時編集・共同作業 例:オープンデータ |
ハザードマップへの危険箇所報告・更新 例:防災貢献 |
▲ 富田・河村(2026)「地域の可能性を大学を通じて深い学びにつなげるローステイク・バッジの機能」愛媛大学教育学部附属科学教育研究センター紀要 Vol.5 より作成
バッジの画像デザインはどのように作られたのでしょうか?
富田先生:世界の大学のオープンバッジで体系的にデザインされている有名な事例をいくつかAIに読み込ませて、その体系化の枠組みを参考にしながら、Nano Banana(GoogleのAI)でベースとなるデザインを生成しました。それをもとに最終的にはCanvaで仕上げています。
香川大学さんとの合同企画だったので、香川大学のスクールカラーを取り入れるなど、少しアレンジもしました。また、大学の公式バッジとは明確に違うと分かるよう、シンプルでローステイクらしいデザインを意識しています。どこが発行しているのか英語でもわかりやすく書くなど、細かい工夫もしています。
実際にバッジを発行してみて、反応や手応えはいかがでしたか?
富田先生:嬉しかったのは、高校生の皆さんの反応の速さでした。「今日はバッジを発行します」とお伝えしてスクリーンにQRコードを表示したら、ほぼ全員が即座にスマートフォンを取り出して、その場でアクセスしてくれたのです。高校生は受け入れが早いなと改めて感じました。六〜七割くらいの方がその場で申請に興味を持ってくれたので、可能性を感じる体験でした。
今の段階では、バッジを貯めたからといって「すぐにどこかで役立つ」というわかりやすい出口はまだ少ないかもしれません。でも、こういう草の根の体験を積み重ねていくことで、「これ、もっと活用できるんじゃないか」というメンタリティが育っていくと思っています。大学入試の総合型選抜入試などでオープンバッジを提出できる欄ができたり、就職活動でバッジのURLを貼り付けられる仕組みができたりと、受け皿が整ってきたときに、すでにバッジを積み上げている人たちが強みを発揮できる。そういう流れが来ていると感じています。
導入にあたって大変だったことや、気をつけた点はありましたか?
富田先生:大学の中で取り組もうとすると、「誰が管理するのか」「大学の公式バッジと混同されないか」といった検討事項がどんどん増えて、いろいろな委員会に入ることになってしまいます。それ自体は必要なことではあるのですが、研究として素早く動くには向かない。
愛媛大学の場合は、結果的に「これは大学が公式に発行するバッジではない」と明確に規定することで、研究グループとして自由に発行できる形になりました。大学の公式バッジのように見えてしまうことだけは絶対に避けなければいけない、という点は常に意識しています。
また、ツールの一部が英語表示のままになっている箇所があって、そこは少し使いにくさを感じています。日本のユーザーが使いやすいよう、UIの日本語化がさらに進むと、より広く使ってもらえると思います。
今後、構想されていることや予定されていることがあれば教えてください。
富田先生:直近でとても力を入れているのが、宇和島市のNPO「特定非営利活動法人 U.grandma Japan(うわじまグランマ・ジャパン)」さんとの連携です。フードパントリーを始めとした災害中間支援など、地域で多岐にわたる活動をされている団体で、愛媛県南部の広いエリアをカバーされています。
今進めているのは、フードパントリーへの食物の持ち込み・仕分け・配達といった各工程を担当してくださった方に、完了した時点でOBFのAPIを通じてオープンバッジを自動発行する仕組みの構築です。学生さんがAIを活用してアプリ開発に取り組んでくれています。
もう少し先の話では、ウォレットに積み上がったバッジをAIで分析して、「この人はどんな分野が得意か」「次にどんな活動が向いているか」を提案できるような仕組みも実現したいと思っています。バッジを「受け取るだけ」から「活かす」方向へ進化させることが、オープンバッジの次のフェーズだと感じています。
富田先生:まずは、発行されたら申請して受け取ってほしい、それに尽きます。そしてできれば、ウォレットに積み上げていってほしいと思います。
学生に聞くと、M-DASH(文科省のデジタルリテラシー教育プログラム)などで一つはバッジを持っているという人はけっこういます。しかし、それだけで止まっている。様々な検定や資格もデジタル認証になってきていますし、いろんな場面で積み上げていくと、それが自分の「学びの証明書」になっていく。
ただ、受け取る側に期待するより、大学が入試で受け付けるとか、企業が採用時に参照するといった「受け皿」の整備の方が先に必要なのかもしれません。使う側の社会が変わっていくことで、自然とバッジを活用しようという動きが生まれると思っています。
組織名 愛媛大学マイクロクレデンシャル研究グループ (愛媛大学教育学部 富田英司研究室)
所在地 愛媛県松山市
ウェブサイト https://tomidalab.com
導入ソリューション オープンバッジ発行システム オープンバッジファクトリー(プロプラン)
(本記事は、2026年4月に行ったインタビューをもとに作成しています。)
オープンバッジファクトリーは、フィンランドのOpen Badge Factory社が開発したデジタルバッジプラットフォームです。国際標準化団体1EdTech(旧IMS Global)が策定したオープンバッジ規格(Open Badges v3.0)に完全準拠しており、バッジの設計・発行・管理・検証をすべてクラウド上で行えます。
インフォザインは日本国内における独占販売代理店として、大学・高等学校・自治体・企業・学会・NPOなど、国内の組織への導入を支援しています。
▶ オープンバッジファクトリーの詳細・無料トライアルはこちら
https://www.infosign.co.jp/obf
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