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学校教育、社会教育を変革するオープンバッジの可能性

作成者: INFOSIGN|2025/10/05 14:19:12

未来の先生フォーラム2025リアル 〈インフォザイン主催セミナー〉
「オープンバッジによる学校教育、社会教育・生涯学習の学習履歴可視化の現状と展望」

登壇者

本セミナーには、教育工学がご専門の稲垣先生、社会教育がご専門の荒木先生、現役の学校教員である藤山先生と伊藤先生にご登壇いただきました。

  • 稲垣 忠 先生(東北学院大学 文学部 教授)
  • 荒木 貴之 先生(日本経済大学 経営学部 教授)
  • 藤山 篤 先生(気仙沼市立津谷中学校 校長)
  • 伊藤 大輔 先生(気仙沼市立津谷中学校 教諭)
  • 髙橋 侑暉 様(株式会社インフォザイン)

オープンバッジとは:デジタル学習証明の世界標準規格

インフォザインからは、オープンバッジの基本的な技術解説をしました。オープンバッジは、HDMIやUSB-Cのようなデジタル証明に関する世界標準規格であり、どんな団体が発行したバッジでも一元管理が可能となる「相互運用性」を持つことが特徴です。バッジの画像ファイルには、バッジ名、発行者、説明、取得条件、発行日、知識・スキルなどのメタデータが格納されており、ブロックチェーンなどの改ざん防止の技術も取り入れられています。

さらに、オープンバッジの特徴として「エビデンス(証拠)」の添付機能があります。プレゼンテーション資料(PPT)、画像(PNG)、動画、URLなどをバッジに付加情報として格納できるため、単なる証明書に留まらず、具体的な学習成果や活動の証拠も同時に残すことができます。これにより、児童生徒の学びのプロセスや成果がより具体的に可視化され、履歴書やSNSでの共有、さらには進学・就職活動での活用も期待されます。

 

SIPプロジェクトと探究学習評価のアップデート

東北学院大学の稲垣先生からは、内閣府が推進する大規模プロジェクト「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)」とその中でのオープンバッジの取り組みの位置付けをご説明いただきました。このプロジェクトは「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォーム」をテーマとし、人口減少などの社会課題に対応する学びの基盤作りを目指しています。

ーー稲垣氏:私は教育工学とか情報教育を専門にやっておりまして、最近は津谷中学校さんにご協力いただいて、研究プロジェクトが立ち上がって展開してきた、というのがこの1年の状況です。

まず前提として、我々が関わっているのは、内閣府が行なっているSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)という、大きなプロジェクトです。テーマは「ポストコロナ時代の学び方、働き方を実現するプラットフォーム」。子どもたちだけではなく、大人も、働き方も含めて、学び方、働き方を変えていくための基盤をどう作るか、という研究を行っています。

私の課題意識は、人口減少にどう向き合うか、というところです。学校教育だけでなく社会全体が縮小していく中で、そこを繋ぎ合わせ、子どもたちの学びを、そして大人の学びを豊かにする基盤をちゃんと地域に作りたい、という思いでこのプロジェクトに携わっています。

私が担当しているのは、その中のサブ課題、「新たな学びに対応した評価手法の開発」という、学習評価に関する研究です。学習評価の中でも学校現場で課題になっている「探究する学びの評価」に改めて注目することにしています。

探究の評価を考えるとき、資質・能力(コンピテンシー)だけを見て、ルーブリックをるのでは足りないと思っています。個別探究ですと、その生徒の探究の面白さやその子らしさを評価するためには、コンテンツ(テーマや内容)の視点が必要だと思っています。
そこで、多様な探究の成果を見取るための手段として、オープンバッジを使えないか、と考えました。

例えば、学習指導要領コードと組み合わせれば、「小学校3年生だけど中学校2年生の社会のこれやってたよ」という見取り方もできるかもしれない。あるいは、地域のテーマを考えると学習指導要領にはまらないものも出てくるので、日本十進分類コード(図書館の分類コード)なども使えるのでは、ということも思っています。とにかく、この町の多様な成果をどう見取っていくのか、という視点をぜひ作りたいと考えています。

オープンバッジには、大きく2つの方向性があります。
1. マイクロクレデンシャル: 大学や企業が主導し、明確な基準と制度的な裏付けがある知識やスキルを証明するもの。
2. オープンレコグニション: 地域での身近な学習機会や経験をバッジとして認め、可視化していこう、という考え方。これは、誰もが教えられる環境を作るプラットフォームとしてバッジを使おう、という発想です。



探究学習は、学校の中だけで閉じずに地域とのつながりで展開することが多いですよね。だからこそ、このオープンレコグニションによって、「地域の人からどんな風に評価されたか」という点を取り込めることを期待しています。

そして、この取り組みの先駆けとして、宮城県気仙沼市の津谷中学校に協力いただきまして、公立中学校として初めてオープンバッジを子供たちに発行してみた、という実証を昨年度行いました。

この取り組みを発展させて、学校だけでなく、社会教育施設や地域団体といった様々な主体が参加する地域展開へと進めようとしています。つまり、学校、社会教育、生涯学習へとつながる、子どもも大人も学ぶ・教え合うプラットフォームを地域で実現することを目指しているのです。


稲垣先生が書かれた書籍「探究する学びをデザインする! 情報活用型プロジェクト学習ガイドブック」

 

津谷中学校の実践:個別最適な学びとオープンバッジ

宮城県気仙沼市立津谷中学校の藤山先生と伊藤先生は、同校でのオープンバッジ導入事例を具体的に報告しました。津谷中学校は、OECD Education2030の理念をもとに、ESD(持続可能な開発のための教育)や個別最適な学び・協働的な学びを推進しているモデル校です。
ーー藤山氏:私の専門はESD(持続可能な開発のための教育)でして、エネルギーや防災・減災、海洋といった分野で、総合的な学習の時間(向が丘楽習)の個人探究に取り組んできました。
津谷中学校は、宮城県の北東端、気仙沼市の中でも一番南に位置する、全校生徒141名(令和7年度)の中学校です。令和3年度から5年度にかけて、宮城県教育委員会から「個別最適な学び」に関するモデル事業の指定を受けてきました。

我々は、単に一斉授業を変えるだけではなく、「単元内自由進度学習」を推進しています。これは、単元の中で生徒が自分で学ぶ順番や進度を計画し、実験など自分で選んで行うスタイルです。苦手な生徒も意欲的に取り組んでくれる、とても良い方法だと感じています。
そして、個別最適な学びのもう一つの柱が、この「総合的な学習の時間(向が丘楽習)」なんです。学校目標を具体化して、「自分で考え、調べ、対話・協働し、挑戦・創造し続けるひと」を育てる。最終的には、「学び方を学ぶ」ことが大事だろう、と考えています。

昨年度は、この総合的な学習の時間で、生徒たちが多様な個別探究活動に取り組みました。課題設定から情報収集、そしてフィールドワークまでです。大島でのゴミ調査や、ウェディングプランナー、市役所へのインタビュー、東京の銀行へのAIに関するオンラインでの聞き取り調査など、本当に多岐にわたります。

この探究活動の成果を、昨年度の後半から、オープンバッジを使って評価・承認し始めました。最初は探究の「まとめ・表現」の段階、特にプレゼンテーションのパフォーマンスとデザインに絞って評価しました。



評価の結果、ある基準(Bレベル)をクリアした生徒には「認定賞」を、特に優れた成果を出した約2割の生徒には「優秀賞」を発行しました。生徒たちから「嬉しい」「もっとバッジを集めたい」という声が上がりました。生徒アンケートでも、家族や同じ学年の生徒に見せたい、進学や就職などの進路を考える際に使いたいという意見が多数ありました。

今年度は、総合的な学習の時間全体、つまり探究の過程の4つの段階(課題設定、情報収集、整理・分析、まとめ・表現)のそれぞれで、ルーブリックに基づいた評価とバッジの発行を計画しています。

ルーブリックについては、指導していただいた稲垣先生の助言のもと、課題設定の部分でも「自分との関わり」のテーマと「地域・社会との関わり」のテーマとで評価を細分化したり、内容よりも学び方や学習の仕方にフォーカスした評価軸を作ったりしています。

そして、気仙沼市全体の話もさせてください。気仙沼では今、社会教育の分野でも面白い動きがあります。例えば、「ぬま大学」や、高校生が参加する「マイプロジェクトアワード」などです。先日開催された「みらいの学び」(誰でも先生になれる)の取り組みでは、私の教え子たち(20代の若者たち)が、先生としてAIの説明などをして活躍しているのです。

学校教育で探究的に学んだ子どもたちが、社会に出てこうやって活躍している姿を見ると、非常に嬉しくなります。この学校教育での学びの履歴、そして社会教育での活動の履歴を、オープンバッジでシームレスに可視化していくこと、これが地域の活性化、そして人口減少が進む地域での人づくりに、すごく可能性のあることだと期待しているところです。

今後は、この津谷中学校での実践を、気仙沼市全体での展開、そして宮城での展開へと進めていきたいと考えております。

地域と連携した社会教育・生涯学習への広がり

日本経済大学の荒木先生は、オープンバッジが学校教育の枠を超え、社会教育や生涯学習の領域でいかに学びを可視化できるかについて展望を述べました。荒木先生はIACET(国際継続教育訓練協会)が提唱するオープンバッジの分類法に触れ、参加証明からスキル証明、法的免許まで、多様な学習成果をレベル分けして認定できることを説明しました。

ーー荒木氏:
現状の課題意識からですが、今、社会教育士の養成講座を担当させていただいていますが、教育委員会等、社会教育主事の人数は、残念ながら減っています。しかし、日本人の平均年齢が50歳に近づく中で、社会教育・生涯学習の対象者は、むしろ増えているのではないかと考えています。社会教育士は、職名ではなく称号であり、NPOの方や学校の先生なども資格を取得されており、その裾野は広がっています。

オープンバッジは、世界で1億個以上発行されていますが、学習の性質によって分類ができることが重要です。私は、国際継続教育訓練協会(IACET)が提唱するレベル分類(参加から免許まで6段階)や、カテゴリー分類(参加、貢献、スキル、コンピテンシーなど)をご紹介しています。例えば、私の持つ社会教育士の称号や教育免許のバッジは、最も高いレベル6(免許)に該当します。

社会教育の対象は、子育て支援から高齢者福祉、多文化共生、DE&Iなど、非常に多岐にわたります。そして、生涯学習という大きな視点で見れば、学校教育、社会教育、家庭教育、個人学習で学ぶこと、これらを区別する必要はなくなってくるのではないでしょうか。どこで学んだかにかかわらず、その成果が可視化され、承認されることが大事なんです。

私どもは、日頃の地道な学習の成果がしっかりと認められる世の中になってほしいと強く思っています。津谷中学校さんの例でも、生徒たちがバッジを進路を考える際に使いたいと評価していたように、オープンバッジを使い、高校の活動履歴が大学の総合型選抜で認められ、合格につながるという事例も既に出てきているのです。

特に重視したいのが、学習者の主体性です。これから私たちが身につけさせなければならないのは、自己主権型アイデンティティ(SSI)という考え方です。学びの履歴はあくまでも学習者自身のものです。公開・非公開は学習者自身が判断すること、そうしたアイデンティティを身につけさせていかなくてはいけないと考えます。



そして、このモデルケースとして気仙沼市に注目しているのは、非常にコミュニティが活性化しているからです。気仙沼は行政だけでなく、NPOの方、住民の方等、多様なプレイヤーが集い、「学び」が成立している稀有な地域です。「ぬま大学」や「マイプロジェクトアワード」といった社会教育での取り組みでも、今後オープンバッジを発行していく計画が進んでいます。

学校教育、社会教育から生涯学習へと繋がるシームレスな学びの可視化によって、地域コミュニティの活性化、学びを通じた人づくり、繋がりづくりを実現できると期待しています。その実現のために、バッジに裏書き(エンドースメント)を加える研究や、DID(分散型ID)といった技術の活用も進めていきたいと考えています。

 

K-12教育への示唆と今後の展望

本セミナーを通じて、オープンバッジがK-12教育にもたらす変革の可能性が示されました。

  • 多様な学びの可視化: 従来の通知表では捉えきれなかった探究活動や地域連携、部活動、ボランティア活動など、学校内外の多様な学びや成長を標準規格で記録し、可視化することができます。
  • 主体的な学びの促進: 生徒が自身の努力や成果がバッジとして認められることで、学習意欲や自己肯定感が高まり、より主体的に学習に取り組むようになるでしょう。
  • 個別最適な学びの深化: 詳細なルーブリックと組み合わせることで、生徒一人ひとりの学びのプロセスをきめ細かく評価し、個別の成長を支援することが可能になります。
  • キャリアパスポートの実質化: 生徒が自らの学習履歴を蓄積・管理し、進学先や就職先に提示することで、これまでの学びが将来の選択肢を広げる具体的な財産となります。
  • 地域社会との連携強化: 学校と地域が一体となり、地域の教育資源を最大限に活用し、子どもから大人までが学び合い、教え合うプラットフォームを構築する上で、オープンバッジは強力なツールとなります。

質疑応答の中でも話題になった学校アカウントから個人アカウントへのバッジ移行については、卒業前に移行手続きを行うことでスムーズに実施できると説明されています。

K-12教育現場において、オープンバッジは児童生徒の「学びを未来へつなぐパスポート」となり、その資質・能力を育む新たな評価・認証システムとして大きな可能性を秘めています。気仙沼市津谷中学校のような実践例を参考に、各学校や地域がオープンバッジの導入を検討することで、子どもたちの多様な学びを支援し、豊かな未来を創造するための第一歩を踏み出せるのではないでしょうか。

未来の先生フォーラム2025リアルの会場では企業出展コーナーが設けられ、オープンバッジファクトリーのデモも多くの方にご覧いただきました。

登壇者の発表資料はこちらのリンクよりダウンロードいただけます。